桜の季節

晴れてきましたね。今日は皆さん花見でしょうか。いや、いいですけどね。私は別に花見なんてしたくないですから。少し肌寒いくらいの風に吹かれて舞う薄紅に目を細めながら、小ぶりのぐい呑で淡麗な日本酒をクッといく、地面に落ちる花びら、ため息と一緒に、少し漏れる戻り香…。なんてしたくないですから。

珈琲屋は桜の代わりにチャフ(珈琲豆の薄皮。焙煎時剥がれて舞う)を愛でるものですから。いとあわれですから。一年中ほぼ毎日チャフ見。むしろ見放題で、気がつくと髪の毛がチャフ盛りになってて可愛いもんですから。

冷静に考えよう。人でごった返す花見と珈琲の香り香るチャフ見、珈琲好きだったらどっちが嬉しい?俺は断然花見。圧倒的に。

あ、でも人があんまりいないとこ行きたい。週末2日よろしくお願いします。

 

広告

珈琲の思い出3

今回は皆さんは1日何杯まで珈琲を飲めるでしょうか?といったような話。

珈琲の適正量として、一般的に本やなんかでは1日に2〜3杯が健康に良いと書かれていることが多い。

しかし血気盛んな珈琲好きはこの辺無視して1日にガブガブ飲むことも少なくない。そんな珈琲好きだった私は、若い頃は珈琲なら何杯でもイケる口であった。

珈琲の思い出1でも書いたが、学生時代のアルバイト中は珈琲飲み放題だったこともあり、短時間で4、5杯は軽く飲むことが普通であった。そして珈琲の思い出2にあるように自宅焙煎を始めて潤沢過ぎる量の珈琲豆を手に入れてからは阿呆みたいに濃い珈琲を阿呆のようにガブガブやっていた。水代わりでは言い足りず、空気代わりかのようであった。

まぁそうでもしなきゃ、焙煎にハマりだすと豆の消費が追いつかなかったというのもある。しかし、今はそんな風に飲むこともない。

初めてその症状を認識したのはコーヒートラムを始めて2、3ヶ月経った頃だったと思う。休日に他の珈琲屋さんを回っていた時だ。

その日は朝家で珈琲を2杯ほど飲み、昼に近所の喫茶店で珈琲を飲んでから出発していた。行った珈琲屋さんもよく覚えている。局地的西東京遠征であった。

2軒ハシゴして2軒目では2杯珈琲を飲んだ。夕方も近くなり太陽が橙に輝いていた。中央線の車内から見える夕陽は遮るものがあまりなく、綺麗だった。さて乗り換え駅でこれからもう一軒、と思った矢先、なんだか体調が優れない。なんというか、なんとなく気持ちが悪い。吐き気まではいかないが、胃がぼわーっとしてムカムカとする。

結局その時は「まぁ大丈夫だろ」と思い、もう一軒寄って帰ったのだが、家に帰り着く頃にはかなり気分が悪くなっていた。それだけでなく手に震えがきていた。

「あ、こりゃあヤバイ」と思った。

でも翌日も珈琲を飲んだ。仕事もあるし飲まずにはいられない。けど1日経つと体調も普通で特に変な症状は出なかった。結局短時間に大量の珈琲を飲み過ぎたんだろうということで気にしなくなった。カフェイン酔いという症状も知り、「いやぁ、昨晩はついつい呑み過ぎてカアチャンに大目玉くらっちまったよガハハハ。」くらいの余裕が出た。

ところがこの一年後にかなり重度のカフェイン酔いに襲われる。

京都遠征。真夏であった。

金なんかもちろんないので、雑魚寝のゲストハウスに泊まる。周りは外人だらけ。「ウェアーユーフラム?」とか聞かれて、「あ、あいむふらむとーきおー、あいうぉんとごーこっふぇーしょっぷいんきょーとー」とか言って、「オー!クレイジーボーイ!」みたいなこと言われたりしていた。「ボーイじゃねえよ」と思ってそいつとはもう話さなかった。

日程は2泊3日。行く予定の店を詰めに詰め込んで、ゲストハウスで借りた自転車を駆り、まさに縦横無尽に灼熱の盆地を行ったり来たりした。

1日目からガツガツ行く。その日だけで10杯近く飲んだはずだ。もう帰り着いた時にはフラフラであった。近所に銭湯があり風呂に入って布団に潜り込むと震えが止まらない。真夏の京都なのに、手どころか体全体ガクガク震えている。掛け布団に包まって汗はかくのにガタガタ震えていた。

いつのまにか寝てしまい、2日目の朝起きると気分はスッキリとしていた。旅先に出るとやたらと早起きするタイプの私はおそらくその日一番早く宿を出た。モーニングを求めて。

そう、「カフェイン酔いヤバイ」ということは頭では分かっていたのだが、もう止められなかった。「だってもう京都まで来てしもうててん。もうやり切るしかなかぁ。」と心の中で涙声で訴えた。

結局、現地の情報で増えた何軒かは逃すもののリストはほぼ完遂した。2日目は「実際に酔っ払っちまえば大丈夫だろ」と思い、夜現地人オススメの居酒屋を聞いて日本酒を飲んだ。だけど震えて寝た。

この時のこれが決定的であったのか、その後カフェイン酔いはクセになり、今や珈琲を1日に3杯くらい飲むと手に震えがくる。朝味見をしこたました日なんかは「あー手に震えがきてる。」ということもままある。まぁもう慣れたもんで、「酒は飲んでも飲まれるな。でも今夜ぐらいはいいじゃないか。」くらいの余裕がある。

過ぎたるは及ばざるが如し。皆さんも自身の適量を把握して楽しみましょう。

前回の反省

どうも。

最近調子にのってブログを更新しておりましたが、前回の記事、「ストレートコーヒー3/18〜」の内容について「意味が分からない」というご意見を多数いただきました。

改めてこちらからも確認させていただいたところ、意味が分かりませんでした。謹んでお詫び申し上げます。

ちなみに「春訪」という言葉も、ないのは調べて分かりましたが(イチゴの名前に使われているようですが)、「ならいいか」と思って使ってしまいました。合わせてお詫び申し上げます。

春の訪れとはコーヒートラム、全く、これっぽちも関係ございません。誤解を招いてしまった春関係者の方々には深く謝罪の意を表明いたします。誠に申し訳ございませんでした。

尚、ストレートコーヒーの内容は相違ございません。皆さま今週もよろしくお願いいたします。

ストレートコーヒー3/18〜

こんにちは。

86839A06-EC14-47ED-BC85-3FB90952336D

今回のストレートコーヒーは春の訪れを予感させる三種、エチオピア、ブラジル、コロンビアです。春へと向けたスペシャルなやつなのかと言われるとそんなことはありません。もっと言うと春訪の予感もしません。気を付けてください。

珈琲の思い出2

これは不定期連載です。

今回は自宅焙煎の話にしましょうか。

自分の家で買ってきた珈琲豆を挽いて抽出するようになったら珈琲好きとして後に戻ることが出来ないように思われる。やり出すとすぐに調子にのって、「やっぱ自分で淹れたコーヒーが一番美味いな」とか言っちゃうのである。

この頃は特に珈琲専門店に勤めているわけではなく、100%趣味であった。

当時はネルフィルターも持っておらず、ペーパーフィルターで抽出していた。すぐに調子にのって、「ペーパーの折り方で味が変わるな」とか言っちゃうのである。

そんな折、一番付き合いの長い友人Tから自宅焙煎なるものをしていると聞く。

珈琲豆は貧乏人には高い。それを考慮して使う豆をケチって薄く淹れてしまい美味しく飲めなかったなんてこともままあるものである。しかし、珈琲の生豆は安いのである。

「これだ!」と思った私は珈琲豆用の手網と生豆を意気揚々と購入する。まぁなんとも浪漫のない動機から珈琲の焙煎を始めるのであるが、現実なんてそんなものである。

手網焙煎は生豆を買っていた店にやり方が紹介されていて、それを参考にして「とにかくやっていれば出来るだろう」の精神で始めた。初回は網を振る以外何も出来ずあっという間に豆が焦げ焦げのテカテカになる。けど自分で初めて炒った珈琲は美味しいなぁという王道パターンを踏襲しつつ挑戦は続いた。

何度かやっているうちに換気扇やエアコン、窓を開けているなど、風が発生するとうまく出来ないことに気付く。

季節は夏。蝉たちが旺盛を極め、存在意義の確立のために各自に与えられた声帯機能を命を削り震わせている。

この英断をした珈琲好きはきっとそれなりの数がいるに違いない。某珈琲狂(勝手に珈琲界のソクラテスと呼んでいるが)にも珈琲狂いの1エピソードとして登場する。

私の家のコンロは割と高い位置にあったので脚立を立ててその1段目に立って網を振っていた。その脚立の下にバスタオルを敷く。そして部屋の窓を閉めきり、換気扇を消し、エアコンを消す。準備は万端だ。あとは何のためらいもない。隔絶された1人の空間でパンツ一丁になって網を振るのである。滝のように流れ出る汗と珈琲豆が振られるシャカシャカという音、そして外から聞こえる蝉の声。「これが日本の夏か」という新しい認識。

何度かやった後、「暑いし煙いし窓くらい少し開けてもいいんじゃね?」と油断し、台所にある小さな窓を少し開いてやったことがある。

脚立の1段目に立ち、一心不乱に網を振る青年(この頃は青年であった)。高くなった視線からふと窓の外を見下ろすとバッチリと目が合う散歩中のお婆ちゃん。滝のように流れ出た汗でドロドロの顔。コンロの火の上でシャカシャカと音を立てる珈琲豆。

うまく説明できないが、何かヤバイことが持ち上がりつつある状況だった。目が合っていたのは一瞬のはずだが、私もお婆ちゃんも何かヤバイことが持ち上がりつつある状況だということをお互いが感じていたことを悟っていた。お婆ちゃんからはおそらく私の臍までは見えない角度であり、同時に私が手に網を持って何かを焙煎しているという光景も小さな窓の隙間では見えない状況であった。これは、とにかく何かヤバかった。

その一瞬、私という主観とお婆ちゃんという主観がお互いの意識を交換し合い、主観観測上の主観を客観にし、間も無く客観から主観に戻ることを繰り返した。映像で言えば私とお婆ちゃんの顔のアップが徐々にスピードを上げながら瞬く間に入れ替わっていた。それが集束しきった正に一点で、この時2人は、お互い何も見なかったことにしたのである。

お婆ちゃんは視線を戻して一歩を踏み出し、私の視界から消えた。私は珈琲豆に視線を戻し、目に汗が入らないよう目を細めたのである。

珈琲の思い出は数あれど、これほど人間の意識の不思議に迫ったものはない。

珈琲の思い出1

珈琲と聞いて思い出す場面を徒らにつらつらと綴っていこうと思う。

 

大学3年生か4年生の時。

当時私は国分寺に住んでいた。駅からは徒歩で40分くらい離れていたが、今思い出すと実に過ごしやすい借家だった。アパートの裏は植林地になっていて閑静かつ緑が豊富だったし、近所に寛げる小さな図書館があった。町は街路樹も多く、思い出の中で散歩をすると、いつも小さく輝く木漏れ日を潜っている。

惜しくも昨年閉店した阿佐ヶ谷「珈琲雨水」の店主(K)とは大学時代からの親友で、この頃はKからの紹介でボーリング場内にある喫茶店でアルバイトを一緒にしていた。青地に黄色の鍵マークがお馴染みのタイプの純喫茶だった。

この店には色々と物言いたいことがあるのだが、とにかく、貧乏大学生のアルバイト先としてはまさにオアシスであった。

ボーリング場自体は2階にあり、1階に中華料理店と喫茶店とビリヤード場があり、喫茶店でビリヤード台の貸し出しを受け付けしていた。

珈琲はボタンを押すと「ゴゴゴゴゴ…!!」と小さな身を精一杯震わせるタイプのマシンから絞り出され、バイト中は飲み放題。まかないは量もたっぷりで美味。まさに当時の生命線であった。ここでカフェイン中毒になったのではないかと思われる。

時期がうまく思い出せないのだが(こういうことをよく覚えているのはKの方なのだが)、ある日Kが「美味いコーヒーを手に入れた!飲みに来い」と自宅に誘ってくれたことがある。

当時Kは大学の正門からすぐ近くに借家しており、まぁ自分もどっこいどっこいの貧乏借家であった。(このKの借家では涙堪えきれぬバリカン断髪式が催され、私がKの頭をバリカンで刈った際に流血させたという小事件が後に起こるのだが、ここでは関係のない話である)

まぁ血気盛んな大学時代の話で色々と思い出はあるのだが、「大学時代」、「珈琲」と聞くと思い出すのはアルバイトと、この特に何も事件のない穏やかな一件である。

Kは当時から自宅でペーパードリップを行なっていた。私は珈琲に関しては何も知らない、ただアルバイト先にあるマシンのボタンを押すと唸りをあげて絞り出される苦い液体くらいの印象だった。

季節はいつだったんだろう。でもやはり晴れていた。部屋に通され得意満面でドリップするKとしょうもない大学生2人の放つ独特の気怠さが漂う部屋の雰囲気。

陽当たりが悪かったな。窓が東向きだったんだな。

そんな中で出された珈琲を2人して啜る。

K「どうだ」

私「うん、美味いような気がする。よくわからんが、これは美味い。」

K「いや、別に普通の安物だけどね」

私「そういうのやめろよ!恥ずかしいだろ!」

K「嘘だよ笑」

どうしてもこの時の珈琲の味の細部の印象がない。けれど、大学生活の思い出の中でもこの場面は良い記憶として今も残っている。きっと、Kは自分が美味いと思った珈琲を私に飲ませたいと出してくれたのであり、その和やかな心尽くしがストンと胸の空白に収まる心地の良いものだったのだと思う。今思えば珈琲店における心理構図のままである。この時は2人とも珈琲に携わるとは夢にも思っていなかったが。

尚、Kは最近、名前の後に「SHB」を付け標高の高さを表しているようである。元気なようだ。

ユラユラウゴク

B769A7A7-6B4D-4A68-9CAF-7E67EDEFEAA0

どんなに曇天だろうと、朝が来れば光が射すなんて、こんな当たり前のことにこれまで気付かずに生きてきたわけです。もっときちんと珈琲に向き合っていないと、俺なんか全く、何も気付けずにあっという間に100歳を超えちゃうな。

初の機械焙煎@喫茶ひりゅうず

昨日はすっかりと帰るのが遅くなってしまいました。

四谷三丁目喫茶ひりゅうずに行ってきました。

http://hiryuzu.jp

四谷三丁目の猫廼舎さんの店舗を間借りして喫茶営業していらっしゃいます。今月までみたいですね。ゆるゆるに緩く緩いのでほんわかとしました。私の前に先生と呼ばれる方が先客でおり、マニアックな珈琲話をしていると、しばらくしてから通りがかりで4人組のお客様が入ってきました。

すると戦場になるカウンター内。2、3の山場を乗り越えて挽かれる豆。

先生(以下先)「いやいや、もう早くした方がいいよ。10分くらい経ってるよ」

古屋(以下古)「なんかサランラップいっぱいありますね」

ひりゅうず(以下ひ)「ホントですね。いや、初めて4名様で。急いでるんですけど」

先「そのネル4人分の豆入るの?」

ひ「いや初めてなんで分かんないですよ。入りますか?」

古「んー、まぁ無理だったらなんか棒で突っ込みましょう」

先「けど一応アナタも客なのに目の前に置いてある豆の袋片端から開けて香りを嗅ぎ出すってすごいよねぇ笑」

古「笑。失礼しました笑。つい緩くて笑」

ひ「できました!どうですか?どうですか?」

先「いやいや、私たちに聞かれても。それより早く出した方がいいよ」

ひ「お盆がない!」

古「これ(お菓子の箱の上)でいいんじゃないですか?」

先「アナタもう完全にふざけちゃってるよねぇ!?」

 

とまぁなんとかかんとか無事に提供される珈琲。これはへっぽこ女店主を助けながら珈琲のマニアックな話を楽しめるという新ジャンルの珈琲屋さんですね。珈琲好きは割とこういう店好きな人が多いから流行るはず。寛容な心をお持ちの方は(念を押されました)ぜひ行ってみてください。楽しいから笑。

珈琲は飲みやすい味で何杯でもいけそうなタイプの美味しい珈琲ですよ。上のHPのブログを読んでも分かるように色々勉強されているのでこちらも勉強になります。

 

ちなみにこちら、隣の部屋に焙煎機がゴタゴタ置いてありまして、初めてフジローヤルさんの焙煎機で機械焙煎しました。味見は今からしますがどんなもんか。

機械の焙煎機、これはどうやって詰めていけばいいものか。ドラム内温度とガス圧が分かるのだから、今まで手廻しで分からなかった色々な境界の温度とそこに持っていく、または避けるためのうまい火加減の操作が分かるので研究するにはもってこいのはず。色々弄ってみたいですね。

 

3月の一日

朝から自転車で行ったり来たりする一日。

家と家の隙間から射す春が近い陽光とか、クリーニング屋の店先とか、橙に燃えて沈む夕焼けとか。何かの花の匂い。子どもが産まれた友人にオムツを送る時の「そんなに漏らすのか」「そうなんだよ」という会話。日が沈んで薄っすらと青みがかかる街並みに軒先の灯りが滲む頃、砂場ではしゃぐ兄妹、コンソメスープの匂い、きっとそろそろ帰るんだろう。ニールヤングの歌声。

今日はまだ一杯も珈琲を飲んでいない。しみじみと思う。「あー、珈琲が飲みたいなぁ」と。自分で作った珈琲は今は遠慮したい。今まで飲んだ色々な美味しい珈琲が頭を過ぎる。

けど自転車のせいで郷愁的な気分だ。家に帰りたい気分だ。風呂にゆっくり浸かってからカレーでも食べたいような。

こういう時に行きたくなるお店は今はもうないお店ばっかりだ。表参道や阿佐ヶ谷だったはずだ。もっと前なら下北沢や国分寺だ。

一体どこに行けばいいんだろうな、と思う。ずっと自分の居場所を探しているみたいだ。

だからとりあえず筋トレすることにする。5kgまとめて買ったプロテインはカフェラテ味だ。死角はない。

Small Change

こんにちは。

FA8E0B81-69CD-4572-A3C4-F2A0601102C2

スリーペンギンズカフェさんのブログ  https://penguins03.exblog.jp に取り上げられるとこのブログを見る人の数が3倍くらいに跳ね上がります。

さらに今見たら猿楽さん https://sarugaku23.blogspot.jp/?m=1 もリンク貼ってくれてしこたま増加中です。

どこのブログもそうだと思うんですが、(どこをクリックされた回数かよく分からんのですが)管理者サイドでは、「何人がこの記事読みましたよー」というのが「(記事タイトル)・・・5人」などで表示されて日付けごとに分かるようになっています。

一昨日「鼻血ぶー・・・3人」→昨日「鼻血ぶー・・・11人」今朝「鼻血ぶー・・・25人」と表示されて1人でちょっと面白いわけです。あ、人数は適当です。

さてと、最近珈琲について改めてよく考えます。「あなたは珈琲が好きですか?」と聞かれた時に頭に思い浮かべる珈琲、これ、自分が珈琲を作り出す前ってカップに入った液体の珈琲を思い浮かべる方がほとんどだと思うんです。

それが作り手になると色々な段階の珈琲の顔を知る。発育過程や精製過程を学び、歴史を知るとさらに色々な側面が見えてくる。カップの液体から焙煎された豆になったり生豆になったり、コーヒーチェリーになったり発芽時のヘルメット状態だったり、ザムザムの黒い聖水になったり、奴隷船の間取り図になったり。

今頭の中に思い浮かべる珈琲のイメージ。その珈琲と自分との関係。

そういったことをよく考えています。